惨めな完璧主義から脱却しなくてはならない

僕のストレスの原因に完璧主義というのがある。

完璧主義というとイチローも完璧主義だと言われる。

そうすると完璧主義の人は、ものすごい努力をするとか、何でもやり遂げるという特徴を有するようにも思える。

完璧主義に長所があるのは事実で、
責任が強い
仕事の精度が高い
信頼を裏切らない
理想が高い
粘り強い
などの良い特徴を発揮する人もいるから、イチローはその典型例だろう。

しかし僕の完璧主義には惨めなほどこの長所がない。

責任感だけ感じて何も行動できない
仕事の精度を高めようとして、時間がかかり、ミスもする
信頼を裏切ることを恐れ、頭が真っ白になる
理想だけは高く、現実との壮大なギャップに絶望する
粘り強くない

つまるところ、頭の中だけは完璧主義なので、完璧に行かないことはすべてストレスになる。でも、完璧にするための行動をしているかというと、それはいつも中途半端。粘りがなく、いい加減なところで諦めてしまい、妥協してしまい、もしくは怖くて行動もできず。

だったら完璧に行くわけがないのに、完璧でないという状態が常にストレスになる。

完璧主義の対応策として、基準を緩める、自分の常識レベルを変える、加点法にするなどという方法がある。

でも惨めな僕はこう思う。高い基準を緩めたり、減点部分に目をつぶったりしたら、できてないところが放置される。そこを他人に責められたらどうするの?
ま、いいかですませたことが、実はま、いいかでは済まない大変なことだったらどうするの?結果が出なくても気にしないとしても、結果を求めてくる他人に対してはどう説明すればいいの?

そう考えると、僕のストレスというのはかなりの部分、「他人にどう評価されるか」という判断基準に影響を受けている。

その基準を変えることなんてできるんだろうか。

しかし、それこそが「自分の人生を生きる」というこのブログのテーマの根本になる。他人の基準で生きている限り、自分の人生には絶対ならないな。

どうやって他人基準を自分基準に変えて自分を評価するか。まっとうなメンタルで生きていくには、最重要テーマだ。

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