納得感を目指して生きていけるか。柳のような回復力がほしい

「心配事の九割は起きない」という本を読んでいる。


一度はどこかで触れたことがある、自己啓発の考え方がほとんどではあるけれど、著者の本職である禅僧という世界の言葉で色々語られている。

改めて自分に言い聞かせておきたいことが、たくさんある。

特に心が折れやすく、すぐに悩んだり落ち込んだりストレスを抱えやすい僕のような人間は、

「柳のように生きるということ」

を意識して身につけたい。

禅僧の言葉ではこうなる。

以下引用。

そのときどきに、それぞれの風が吹いているだけのこと。ですから、どの風も自然に受け止めたらいいのです。 自然に受け止める、ということは、真摯にその状況と向き合うことだといってもいいでしょう。 真摯に向き合うためには、目を外側の「誰か」に向けるのではなく、内側の「自分の心」に向けることです。

もちろん、すべてに全力投球をした、持てる力を出し切った、と思える仕事はそうそうあるわけではないでしょう。心に問いかけてみて、「まずまず、一生懸命やったな」と感じることができたら、それでいいのです。 まさしく、それはそのときどきの仕事に対する「納得感」です。「納得感」がなにより大事だ。私はそう思っています。 なぜなら、納得感があれば、どんな結果であっても、穏やかな心でそれを受け入れることができるからです。どんな風も楽しむ境地でいられるといってもいいですね。 さあ、目線を「外」から「内」に転じましょう

僕の場合、何か失敗すると自分への信頼が失われ、もう永久に復活できないと思ったり、何かを頑張ってやってみても、そのレベルが低くて周囲に対して価値を生んでいないと落ち込むことが多い。

そういう逆境に陥ったときに、なんとかなるとか、またやり直せばいいと考えられればいいのだけれど、たいていポッキリ折れて、ズーンと落ち込んだまま治らないことが多い。

柳のように、風がやんだら元に戻るというような、しなやかな回復力がとても低い。

僕は納得感をもっと意識すればいいということだろうか、と思った。

自分がよくやったと納得できるまでやることを目標にする、ということか。

その時々でいろんな風が吹いている。

その風に対してその時最善の方法で対処する

自分が納得するだけがんばれたら、どのような結果でも受け入れる

結果で自分を評価するのではなく、納得感が得られたかどうかで判断する

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