平凡で穏やかな一日の中にも居座る不安という実態のない恐怖

昨日はこういう一日だった。

朝は4時前に一度目が覚め、もう少し寝ないとと思いながら布団に入っていると、4時半の目覚ましで目が覚めた。

早起きは辛いが、今はそれに変わる生活スタイルは選択しようがない。

会社に行き仕事をする。いくつか面倒な問題がある。解決方法も思いつかないものもあれば、とても困難な交渉をしたり、人に不快な思いをさせかねない案件もある。今月はついに売上も月次予算に達しない。そういう細かいストレスはたくさんあるが、緊急に対処しないといけない重大案件は発生せず、納期のあるレポートも一応提出した。そして4時半には退社して、ジムに行き筋トレをして19時過ぎに帰った。

家では家族が元気でいた。姉弟げんかや早寝しないなどの問題は起きるが、問題というほどのものでもない。

振り返ってみると、平穏でありがたい一日だったと思う。感謝すべき一日だったとも思う。神様やご先祖様や守護霊に見守っていただき、無事に過ごせたとても穏やかな日だっただろう。

なので心が乱れることは少なく、割とストレスも低い一日だった。(いるだけでプレッシャーを与える社長がいなかったことも大きい)

なのに、心の中には常に不安という灰色の感情が一定を占めていて、去らない。それは何かを考えてみると、突き詰めてみれば、「どこでも稼げる」という気持ちを持てないことではないかと思った。

この会社で働いていると、理不尽で耐えられないこと、過剰な業務やストレスで心が持たなくなること、
というのはどうしても避けられない気がする。

少なくともまた「辞めたい」という気持ちが起こることは間違いない。そういうとき、転職してこういう仕事ができるとか、起業してこの仕事で稼げる、という気持ちを持てれば、じゃあ辞めてやる、という選択肢を持つことができ、追い詰められた感情を打ち消すことができる。

しかし、今はそれがない。

2ヶ月ほど前に大幅に落ち込んで会社をやめるしかないと思ったとき、色々と考えた。
プログラマー
ウェブデザイナー
清掃アルバイト
ウェブライター
塾の開講
動画編集フリーランス
どれも実現性や自分の本気度に疑問が付き、やめるという決断はできなかった。

だから今は、この会社でなんとかやっていくという選択肢しかない。

それが不安の根本なのに違いない。

いつ誰から無理難題を押し付けられるか
急に業務量が増大し、残業過多になるか
どんな失敗で叱責され惨めな思いをするか
どうしてもそういう恐怖を拭いされない。

浅見帆帆子の本には、そういう不安は絶対に感じてはいけないと書いてあり、そのとおりだと思う。

しかし未だなお、どうすればそれを実現できるのかを体得できないでいる。

浅見帆帆子の本には、不安を感じなくするための方法もいくつも紹介されている。

もう一度それを読み直して、できる対策を徹底的にやっていかないといけないのだろう。

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