管理職にして人を殺す気か

日本には社畜が多いだろう。

社畜だと認識していなくても、仕事に渋々行くとか、やるのが嫌なことがたくさんあるという人はたくさんいるに違いない。

困難にぶつかることは必要かもしれないが、それに前向きに立ち向かえる人と、耐えながらやる人ではストレスの度合いが違う。

なんでそんな人がたくさんできてしまうのかということをよく考えるが(もちろん自分を筆頭に)、ひとつの答えはこういうことではないかとも思う。

欧米では上に行けば行くほど雇用の流動性が高く、逆に現場に近い人は終身雇用にしている。その方が効率もいいからだ。それが日本ではプロフェッショナルな人材が少なくなる仕組みになっていて、例えばテレビ制作の現場で言えば、年次が上がるにつれて経営者っぽくされてしまうが、そういう人が経営のプロに勝てるわけがない。むしろ60歳でも70歳でも制作現場の方が出来ることがあると思う。だから年功序列を排すのであれば、終身雇用はあってもいいかもしれない

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191203-00010026-abema-bus_all&p=2

多少仕事が回せるようになると、その次のステップとしては管理職しかない。

それまで身につけた技能と、管理職の技能では、必要なスキルもメンタリティも全く異なる。

なのにそういう道しかないから仕方なくやる。つまり社畜を生む。

管理職はやりたい人にやらせ、その能力に対して給料を払う。現場の職種に対しても、そのスキルに対して給料を払う。それぞれのポジションにおけるスキルの高さ(や実績)に対して金を払えばいいのに、何か「出世して管理職にならないと給料は増えない」とか、「常に上のポジションを目指さないといけない」というような常識がある。

現場でもっと頑張れば、更にスキルを高め実績を挙げられるかもしれない人が、管理職で自分を見失い、心を病み、社畜になるという、つまり僕のような人間が量産されていく。

管理職になって成長するという人もいるだろう。

しかし、そうではない人を犠牲にしてまで、人を管理職に上げていって心を病ませるべきか。管理職になりたくない人を成長のない人間として扱うべきか。

この記事にあるように、日本では現場職の人の転職は自分の周りでもたくさんあるのに、管理職で転職していく(くる)人というのは少ない。

生え抜きが偉くなるから、会社のいい文化は継承されるが、革新的アイデアも斬新な事業プランも出せない。

管理職こそがまさに社畜ではないかと思う。

年齢もある程度高いので、管理職としての技量が相当高くないと転職は難しいし。

それに多くの場合は、管理職はプレイングマネージャーだ。

これはもう、社員を殺そうとしているとしか考えられない。

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