追い込まれても奇跡や大逆転は存在することを信じること

そごうの広告が話題になっていた。

大逆転は、起こりうる。

わたしは、その言葉を信じない。

どうせ奇跡なんて起こらない。

それでも人々は無責任に言うだろう。

小さな者でも大きな相手に立ち向かえ。

誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。

今こそ自分を貫くときだ。

しかし、そんな考え方は馬鹿げている。

勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。

わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。

土俵際、もはや絶体絶命。

そごう 西武の広告

https://news.yahoo.co.jp/byline/abekasumi/20200107-00157960/

上から読むと一見ものすごくネガティブな文章が、下から読むと完全に逆転する。

実によく考えられている。

このような技法自体はもしかしたら昔からあるのかもしれないが、いずれにしてもよくできている。

そしてそれなりの勇気や希望を与える。

しかも、一度上から読んだときには、人の絶望と共感して心に寄り添いながら、そこから逆転を果たすところが、単純に下から読んだメッセージを伝えるよりも説得力を増す。

こんな悲観的な性格ながら(だから、か)、僕は奇跡とか大逆転というものにはたいへん心を動かされる。

奇跡とか大逆転があるということは、どれだけ追い込まれた状況でも人に勇気や希望を与える。

だからそのような事例がたくさんあることを知っておくのはとても大切だ。

また、奇跡や大逆転というのが、偶然起こるものではなく、単に運がいいとという問題ではないことも、よく認識している。

それまでに積み重ねた努力や味わった苦境の数、今現在に全力をかける集中力と冷静さ、そしてやはり最後には、奇跡や大逆転を信じる気持ち。

これらを持ち合わせた人や組織に、奇跡や大逆転が起きる。

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